十四、

 

 

妲己と卑弥呼が、そして政宗と共にいる面々が彼女らのいる暮らしに慣れた頃、政宗は蜀に出向くことを幸村に告げた。
 
「あれからずっと考えておった」
 
そう語る政宗の声は、硬い。
 
「儂らの敵が人知を超える者だとしたら、唐突に命が終わることもあり得ると思った。しかしこれだけ日数を重ねてもその兆しが全くない」
 
眠りに落ちる寸前の自分が、毎晩同じことを恐れていたように、政宗も思っていたのだろう。自分の眸は朝になれば再び開くのか、この身体は動くのだろうか。何事もなく明くる日の朝を迎えられることは奇跡のようなものだ、と。
時間の感覚がほとんど当てにならぬとは言え、毎日同じことを自身に問い続け、恐怖の中で目覚めるのは、やはり辛い。
 
「奴らが儂らを泳がせているのか、或いは儂らには目も呉れておらぬか。それは分からぬが、希望は、ない訳ではないと思う」
「でしたら、先手必勝です」
 
敵が何であろうが、やはり自分は抗う手段をこれしか知らぬのだ。
そう思いながらも至極単純な戦術を口にしたら、政宗がにやりと笑った。同じことを儂も思うておった、と。
 
「高みの見物とやらをしている者を、儂らの地平に引き摺り下ろせば良い。つまりは刀をもって切り結べる戦に持っていくことじゃ」
「それで蜀なのですね」
 
かつて三国と呼ばれた勢力は、それぞれ常備軍を持っている。政宗は何も分からぬ民を巻き込む気はないのだ。
これはあくまで政宗の個人的な戦であり、相手は――妲己の言うことを信じるのであれば――世界を統べる神である。
村々を回って一人一人に詳細を述べ有志を募るよりは、蜀の将に事情を話し、彼らが自分の隊の者にそれぞれ判断を委ねた方が早い。雑兵が、元は民であり文字通りの雑兵である戦国の世とは違い、三国の勢力の軍を組織している者達は一兵卒と言えど武人である。
 
「儂もお主も奴らには面識もある。魏や呉に比べれば取りかかりは多少あろう。信長公や家康、上杉辺りが今頃何をしておるか儂はさっぱり分からぬし、分からぬ者を頼ることなど出来ぬ」
「あの二人は」
「無論、連れていく。道々確認したいこともある――成実は…あ奴は本当に阿呆かと思うこともあるが、時折凄いな」
 
推測だらけのこの世で政宗を支えているのは、あの遠呂智ですら倒せたと言う事実なのだろう。幸村を抱き寄せながら、良いのか、と囁く政宗に、幸村はしっかりと頷いて見せた。
細々とした認識にそれぞれ差異はあれど、恐らく自分達は同じことを恐れ、似たような推測に身を置いている。政宗の考えが全くの見当違いだったとしても、後悔はすまい。
二人が不安に身を寄せ合ったのも、僅かな打開策を見出したと思ったのも事実なのだから。
 
「問題は戦に持ち込む手段がさっぱり分からぬことにあるのじゃが」
 
政宗の口調が途端に甘えを帯びる。
もしも儂の考えが全て的外れで、為す術もなく八方塞に陥り。
 
「成実も小十郎も、信之も昌幸も全ていなくなったこの荒野で」
 
幸村は何もない地平を思い描こうとしたが、案外そんな世界が穏やかであることに気付く。
 
「お主と手を取り合いながら神とやらに殺されるのであれば、それも悪くはない」
 
こういう言い方をわざとする政宗の中には、何らかの方策があるのだろうと思う。それはまだ漠然とした勝算にもならぬ勝算に過ぎぬものだろうが、今の自分が大層穏やかに己の終わりを描ける程の自信があるように、政宗にもきっと。
肩に回された政宗の腕が動いたのが合図だったように、幸村は身を捩って政宗に深く口付けた。眸は開けたままだったので、あり得ぬほど至近距離で見える政宗の隻眼が笑みを湛えているのが幸村にははっきり分かる。
それは激励と賞賛と決意に満ちたもので、決して情欲に塗れた接吻などではないと思ったのだが、自分の舌は思った以上になまめかしく動き、幸村は少しだけ焦る。焦りつつも幸村は、政宗殿、と心の中で叫んだ。
 
これは政宗殿だ。誰が何と言おうと彼は、天に――それは神だとかそんな些細なものではないのだ――その才と気質を愛された私だけの竜だ、そう思う。

 

 

毎回長さがばらばらですまない。
時々忘れそうになるのですが、やっぱり何だかんだで幸村さんは政宗のことが大好きだし、結構買い被っていると思うのです。
…買い被っているって言い方は酷いか。

遠呂智の世界では領主云々はほぼ関係ないと思いまして、なのに政宗に責任だけ負わせるのも酷い話だと思ったので
実際の兵力に関しては蜀の皆さんにご協力頂こうかと。
常備軍も確かにあるけどよく分からんので、とりわけ今回はそんな設定、ってことで一つよろしくです。
(11/01/13)