十六、

 

 

「政宗の奴、うちが絶対いてこましたんねん!」と叫んでいた卑弥呼は、その政宗に抱えられるように馬に跨り、すっかり機嫌を直している。「何故儂が貴様にいてこまされねばならぬ!」と大人気ない罵声を浴びせた政宗だったが、卑弥呼は一歩も引かなかった。
卑弥呼を動かしたのは妲己で、「苛められてた訳じゃないから、いてこまさなくていいのよ」と言った途端、卑弥呼は大人しくなった。悪びれずに「良かったなあ、政宗」なんて言うなら、今度は政宗の怒りが爆発したのだ。此方を収めたのは勿論幸村だ。
 
「もうどうでも良いですからさっさと仲直りしてくださいよ」
「ばっ!仲直りって別に儂は苛めても居らぬし喧嘩もしとらんぞ!」
「ん?やっぱり妲己ちゃんを苛めとったん?」
「違うわよー私は苛められてなんかないわよー。ほら、話がややこしくなるから政宗さんもさっさと卑弥呼と仲直りしなさいよ!」
「じゃから仲直りって何じゃ!」
「政宗殿は大人なんですから」
 
妲己を睨みつけた政宗が幸村の一言で少しだけ大人しくなった。
 
「政宗殿の度量の割と広いところを私は尊敬しております」
「…尊敬か?」
「………では、好きです」
 
畳みかけるように微笑みながらそう言うと、政宗は糞、と一言だけ捨て台詞を吐いて卑弥呼に近寄る。
 
「あのな、本当に苛めておった訳ではないからな。じゃから、いてこますのは止めてくれぬか?」
「せやなー。今度は政宗が泣いたら可哀想やもんな」
 
政宗は何かを怒鳴りかけたが、その前に幸村が「政宗殿」と静かに名を呼ぶと、嫌な顔で幸村を振り返った。
 
「…ぐ…そうじゃろう。可哀想じゃから仲直りしてくれ、な?」
「今日は政宗の馬に乗せてくれたら、いいで」
 
卑弥呼は、一人では馬に乗れない。まだ慣れてないし、何より子供なのである。
 
「いつもみたいに妲己と一緒では駄目か?重さを考えてもその方が負担も少ないし」
「いいじゃない。そのくらいやってあげなさいよ」
「そうですよ、少しくらい大丈夫じゃないですか」
 
政宗はもう一度二人を振り返り、貴様ら覚えておれよ、と低く呟くと卑弥呼を抱え上げて馬に乗せた。
 
「…簡単ねえ」
 
ええ!と答えかけたが、あまりそれを肯定するのもどうかと思い、幸村は口を閉ざす。
 
「本当に、何故儂だけが悪者になるんじゃろうな…」
 
そうぼやく政宗に、妲己の言葉は聞こえなかったらしい。政宗は、暫く妲己と、ついでに幸村を睨んでいたが、「まあ良いわ、幸村が罵られるよりはましじゃ」ともごもご言うと手綱を握り直す。
僅かに早まった馬足に卑弥呼が歓声を上げた。
 
「…本当、簡単よねえ」
「ええ、まあ…」
「そうじゃなくて、幸村さんも」
 
ばっかみたい、顔、緩んでるわよ。妲己はまだ腫れた目で笑いながら言う。
言葉に詰まった幸村に助け船を出したのは卑弥呼だった。勿論本人、助け船などと思った訳ではないだろうけど。
 
「政宗、あそこに誰かおんで?」
 
卑弥呼が指差した先には、数騎の兵が見えた。
 
「え?あれ長政さんじゃない?」
 
浅井領、と厳密に言えるかどうかは分からぬが、蜀への道程で彼らが拠点を置く地を通らねばならぬことは分かっていたし、政宗もそのことを承知して長政に書状の一つも書き送っていた。無論政宗と長政に、面識はない。
妲己は一瞬身構えたが、幸村と目を合わせ一つ頷くと、警戒を解いた。此方を害するつもりにしては数が少ない。
 
「それに長政殿は信義の御仁だと伺っております」
「ふうん、信義ねえ」
 
不満そうな妲己の声音に、幸村は顔を向けた。
 
「お気に召されぬか?」
「そこまでは言わないけどさ、信を置く相手がいなかったら貫けない誇りにどういう意味があるか、私には分からないわ」

 

 

次から長くなるかもしれないので、一旦切りますね〜。
こっから長政様のターン!私はとっても楽しいです!私は!

あと、改めて卑弥呼を見ると「もしかしたら13、4歳くらいか…」と思うのですけど、
ついつい10歳くらいの感覚で色々考えてしまうのは、趣味だと思ってもう許したって。
(11/01/24)