二十七、

 

 

なあ、これ!と卑弥呼は甘寧に頭を突き出し、結わえた髪の間に無理矢理刺した鵞鳥の羽を見せた。
 
「折角可愛く結ってあげたのにあんなもの付けてぐしゃぐしゃにするなんて…」
 
妲己は腰に手をあて、すこぶる残念そうにそう言ったが、甘寧も卑弥呼も勿論気にしない。
甘寧は卑弥呼を抱え上げ、器用に肩に乗せると「野郎共、気合入れろよ!」と部下達に叫ぶ。その隣で兜の房飾りを卑弥呼に引っ張られた馬超が、強張った顔のまま固まっている。
馬超は案外卑弥呼が苦手らしい。「何脅えてるのよ」と妲己に呆れられ、「泣かせたら俺の正義に傷が付くではないか…そもそもどうやって話せば良いか分からん!」と困惑していた。
 
蜀の外れで布いた陣の中で、趙雲は槍を手に呼気を整えると瞑っていた目を静かに開いた。
もしも神が与えるものを試練と呼ぶのだとしたら、これは恐らく最後のそれだ。
蜀の為でも、ましてや劉備の為でもなく、自分が生き残るという実に原始的な理由で槍を振るおうと思う。それは武人としてはあるまじき行為かもしれないが、人間としては何も間違っていないことのように思える。
 
「勝てますよ」
 
女カが去った後、幸村はそう言って頷いた。無責任なことなど口に出来ぬであろう彼の、宣言にも似た言葉は趙雲を驚かせたが、何故か趙雲も全く同じ気持ちだった。
力尽くで、と女カは言ったのだ。
彼女はきっと兵を整えここまでやってくるに違いない。
 
だが最後にこの地に立っているのは、自分達のような気がした。
旧世界の神の慈悲を甘受できない自分達には、彼らの制裁など最早利かぬ。
 
陣幕が揺れてひょっこりと男が顔を出した。
 
「梵、いるか?」
 
ぼん、とは何のことだかさっぱり分からなかったが、思わず首を振ると男が破顔する。
その顔を見て思い出した。かつて遠呂智戦で一緒に槍を振るった彼だ。
 
「お、趙雲!久しぶりだな!」
「成実殿?」
 
浅井の殿様から伝令が来たから俺も来たんだ、と彼は屈託なく笑う。駆け通しで大変だったんだぜ?で、結局梵は何しようとしてるんだ?と尋ねる成実だが、迷いは感じられない。
 
「この世界で生き残る為の戦だ」
「ふーん。俺さ、槍振り回してりゃ当たると思ったんだけどさ」
「あ、ああ」
 
何のことか分からず、趙雲はただ頷くばかりだ。
 
「本当に当たったな!つか、これから当てるんだけどな!俺、すげえ!」
「そ、そうか」
「敵に見えぬ内から迂闊な自信など持たぬことだ」
 
背後から急に聞こえた低い声に振り向くと、二丁の斧を捧げ持った男が立っていた。その存在感に反してそれまで気配すら感じさせなかった男の腕を趙雲は咄嗟に悟る。
 
「趙雲殿であらせられるか?お市様とその夫君、長政殿の命により、柴田勝家、参上仕った」
 
勝家が伝令だったんだぜ?と成実は何故か得意気だ。お市様も長政も城とか皆を守らなきゃいけないからさ、俺と勝家でお市様を守るんだもんな、と話す成実の頭を勝家は唐突に殴った。ごつり、と良い音がしたが、慌てたのは趙雲だけのようだ。
 
「お市様と夫君をお守りするのは、鬼柴田が二丁斧だけで充分だ」
「けどさ、俺だって守るっていうなら梵より断然お市様で」
「馬鹿者!音に聞こえし伊達軍の先駆けがこんな軽薄な小僧とは思わなんだわ」
 
俺だってあの柴田勝家がこんなおっかねえおっさんだなんて思ってなかったぜ、と頭を擦りながら成実はぼやく。あと、迂闊な自信なんかじゃねえよ。成実ははっきりと言った。
 
「梵が生き残る為の戦って言ったんだろ?なら勝てるって。あいつずるいから勝てることしかしないもんな」
 
勝家だってそう思ってるんだろ?満足気にそう言って、成実は遥か彼方の景色を眺める。
砂埃の向こうには、人影の一つもまだ見えない。
 
 
 
「身一つではございますが、私もどうか加えてくださいませ」
 
戈を捧げた月英の参加は、政宗達を湧かせ士気を高めるには充分だった。政宗や幸村、居並ぶ面々を見回した後、妲己の姿を確認した月英は、さすがに動揺を隠せない様子ではあったが。
そんな妲己も月英を見て、驚きながら言う。
 
「え?あれ?一人?諸葛亮さんは?」
 
月英はそれには答えず、動揺をすっかり隠した顔でしれっと返した。
 
「あの檻車の乗り心地、未だに、しかと、覚えております」
 
妲己はそのままぴしりと固まった。趙雲以外は細かい経緯など知らなかったが、予想は付く。咄嗟に隣にいた幸村の影に隠れ半身になった妲己を見れば、尚更だ。
因みに、幸村は更なる素早い動きで妲己の盾になっていた状態から逃れた。
 
「さすがじゃ、幸村。仕様があるまい。全て貴様の撒いた種じゃ、妲己」
「政宗さんだってあの頃遠呂智軍だった癖に…」
「檻車だけではなく、成都でのあの暴言も」
 
諸葛亮に捨てられた、と揶揄い混じりに放った自分の言葉を思い出し、妲己は頭を抱えた。
こんなことになるんだったらあんなこと言わなきゃ良かったわ、と妲己は後悔する。「他意はありません。覚えている、という事実を言ったまで」とにっこり笑う月英は、普通に怖い。
 
「ゴメンナサイ…って言ったら許してくれる?」
「この戦に勝ったら、許しましょう」
 
他意がありまくりではないか、と政宗は、いや政宗だけではなくその場にいた誰もが思ったが、黙っていた。
おずおずと頷く妲己に凛とした笑みを向けると月英は言う。
 
「これしきのことで怯んでもらっては困ります。一番簡単なものを守る戦は、恐らく一番困難なものになる筈なのですから」
 
しかし、もしかすると――。月英はそのまま口を閉ざす。いえ、見間違いだったのかもしれないわ。
悪戯に士気を左右するようなことは言わない方が良い。
 
成都の門を潜ったその時、一度だけ振り返った城下の桃の木が、風にそよいだ拍子にその花弁を一片、そっと落としたことなど。

 

 

いろいろ大集合。
(11/04/09)