夢であると自分自身自覚してみる夢が妙にリアルなのは、恐らく感覚、とりわけ触覚が現実と比較的似ているからだということに幸村が思い至ったのは、結構最近のことである。
そしてその幸村はといえば、今も、自分でも夢だと自覚している夢の中に(なんてややこしい!)佇んでいるのだが。
夢の中でいつも幸村は政宗を探す、多分。多分というのは、そこは夢の中の出来事。物凄い焦燥感に駆られながら何かを探しているのは分かるのだが、肝心の探し物が分からないからだ。では多分とはいえ、何故政宗を探していると言えるのかと問われれば、初めてその夢に政宗が登場した時、それで夢の中の自分から嘘のように焦燥感が消えたからに他ならない。
もしかしたら自分の探し物は全く別のものかもしれないのだが、それはそれで問題ないからいいや、というのが幸村の本音である。日常だって色々慌しいのに、夢の中までいちいち悩んでいられない。
 
 
ふわふわと覚束無い足元、さっきまで話していた三成(だと思う。目の前の人物にすら自信が持てないところがもう夢に違いない)が急に消えたと思ったら、家の近所の路地の真ん中に自分は立っていた。
いつもの夢だ。幸村は思う。毎回自分がいる場所は違うけれど、これはいつもの夢だ。今から政宗を探せば、この夢はお仕舞い。
夢の中独特の「見慣れている筈なのにどこか余所余所しい風景」や「耳が痛くなるような静寂」と共に幸村はゆっくり歩き出す。そう、走ってはいけない。四つ辻の奥に広がる暗闇を不用意に覗き込んではいけない。これは悪夢ではないが、決して良い夢でもないのだ。
政宗の家に泊まると時々この夢を見ることがある。
急がなければ、くらいの漠然とした焦りはやがて、胸を掻きむしる程の不安を伴い始め、最終的には政宗を(あくまで多分、なのだけど)探して全力で走る羽目になる。こうなると悪夢以外の何物でもない。
だが今では幸村はほぼ確実に夢の途中で政宗を探り当てることが出来るようになった。
現実で横に寝ているであろう政宗の身体の一部に触れればいいのだ。眠っている現実の自分の腕を伸ばして、二人で並んで歩きながらどちらともなく手を取るように、そっと。
現実の掌に感じる政宗の体温は、ゆっくり夢の中まで浸透して、やがて夢の中の政宗を形作ってくれる。
 
 
だがその日はまるで勝手が違った。
いつまで経っても政宗が登場することなく、焦りばかりが募る。何だかおかしい、そう思った瞬間、さっきまで普通に歩いていた筈の足が地面に打ち付けられたように動かなくなった。何故、いつも横に、手が届くくらいの距離に寝ているのに。醒めない夢の中の幸村は必死に現実の政宗の温もりを探す。右腕を目一杯伸ばして。
本当に怖い時には叫んではいけない。それは分かっているのだが、いや何が怖いのかもよく分かってすらいないのだが、でも。
「まさむねどの!」
恐怖に満ちた自分の叫び声で目が覚めた。枕元の目覚ましが時間を刻む音、仄かな明かりに照らされ、夜風に静かに揺れるカーテン。ここは、現だ。そう思うだけで、いつもの場所に政宗がいなかったというパニックめいた危機感が、潮を引くように薄くなっていく。
「政宗どの?」
もしも起こしてしまっていたら申し訳ないと、幸村は自分の左側で丸くなって寝ている政宗を覗き込んだ。薄い布団を全て幸村の方に押しやって静かに寝息を立てる政宗に軽く微笑むと、幸村は政宗の布団を掛け直してやりそれから。
ああ、逆だ。布団を持ち上げる自分の身体の違和感で気付いた。いつもと逆なのだ、寝ている位置が。
自分はいつも政宗の左側に、政宗は幸村の右側に寝ている筈だった。夢の中で自分が右手をあんなに伸ばしたのも、その為。昨夜はベッドを占領して先に眠ってしまった自分の所為で、政宗がいつもの場所で眠れなかったのだろう。右と左が入れ替わった、ただそれだけのことであそこまで混乱する自分が恥ずかしいやら情けないやら。ついでに少し嬉しいやら。
「どうやら私は本当にあなたのことを探していたようですね」
確信はやっぱり、ないのですが。でも恐らく、ずっと探していたものは間違ってなかったのでしょう。「多分」唐突にそう思ったのでとりあえず声に出してみたら、それは全く正しいことのような気がした。
再び布団を剥いで、よいしょ、と政宗を転がす。んー?と薄目を開けたような気がしたが「何でもないです、ほら、こっち」と身体を押してやったら大人しく寝返りを打った。
すっぽりと布団をかぶせた政宗の左側に潜り込んで目を閉じる。定位置。決められた場所に私もあなたも居ないから、あんな夢になるのです。
文句を言う代わりに布団の下で握った手に力を込めたら、どうやら寝惚けているらしい政宗が「ゆきー」とか何とか言って擦り寄ってきた。重かったので小突いてやろうかとも思ったが、案外その重みが懐かしく感じられることに気付いてやめた。
ずっと暑かったから。こうして寝るのは久しぶりだ。だって寒い季節は寄り添って眠るから、あんな夢も見ない。
そう、残念ながらというか何というか、気付いてしまった。ここが探していた定位置だ、帰りたくなる場所、すっぽりはまって気持ちの良い場所。暑い季節に引っ付いて寝るのはやっぱり大変だけど、それでも手くらい繋いで寝てくださいと頼んでみようか。うつらうつらしながら、でも何処か醒めた頭の片隅でそんなことを考えた。
 
 
夜中に一旦目を覚ましてそんなことをつらつら思っていたおかげで、珍しく幸村の寝起きは悪かった。
それでも朝だからと容赦なく揺さぶり起こす政宗に「寝るときは手を繋いでくださらなければ嫌です」と寝惚け眼で訴えてしまい、一瞬驚いた政宗が満面の笑みで朝っぱらから幸村をきつく抱き締め、暑苦しいと叱られるのは、また別のお話。

 

 

 

朝から大変そうですね(ちょ、いいかげんにしろ)とりあえず慣れとは恐ろしい。
(08/09/13)