※前のと続いて…る?

 

 

拝啓、政宗どの。
 
 
 
 
 
向寒の候とも申し上げる時季なのでしょうか。
 
思えば、「拝啓」の後には時候の挨拶を、と教えてくださったのもあなただった、それなのに。色々なものに囚われ考え過ぎて雁字搦めになるのを分かっていながら小さなことに拘るのは、私の悪い癖のようです。趣ある言葉で今の季節を何と言うのか、あなたなら兎も角私には思いつきもしませんのに、あなたがそう仰ったからと考えてしまう。
でも、また一緒に炬燵に入るのが楽しい季節になりましたね。今年二人で食べる初めての鍋は、何に致しましょうか。「また食べ物の話か」そう言いつつもあなたが私に本気で顔を顰めることなどない。
 
あなたの部屋の中はとても静かなので、そろそろ年末の出来事が話題に上りだした街角の慌しさが曇ったガラスからそっと忍び込んでくる音さえも聞こえてくるようです。
 
 
 
静けさを実感すると今度は他愛もない物音が酷く恋しく、一方で不安になる。
冷蔵庫の音、遠くで響く踏切や名前も知らない鳥の鳴き声。耳に届く物音を一つずつ取り出して丁寧に数えているうちに気付くのです。不躾な車のエンジンも、一生懸命威嚇しようと吠える犬の声すら、静けさを形作る要素に過ぎなかったのだと。
 
私は、あなたの言葉が大好きでした。言葉を紡ぐ声も、それを言うなら顔も指も、失くした右目すら。あなたのものを一つずつ取り出して、恋しいものを指折り数える。
浮かされ浮ついた頭で行うそれは何て楽しかったのでしょうか。
 
あなたの名前を呼ぶことも、喧嘩をしても怒っても、あなたに思いを馳せる一人の時間も、それらは只限りなく優しかった。こんな幸せはないと、半ば本気で思いました。
私は何て幸せ者で、もしかしたら分不相応な幸福を手にしているのではないかとさえ思いました――己の分、自分の身の丈。私がそれに気付いたのは鈍いことに随分最近の話で、そうしたら急に不安になったのです。
あなたに相応しいものにならなければならないと感じました。
でも、もう駄目だ、その時の私がそう思ったのも無理らしからぬことでもありました。だって確かにあなたの言葉は美しかったのですから。いつだったか申し上げましたでしょう?あなたの言葉は綺麗過ぎて上手く返せぬと。
完璧に認められた手紙のようにこの思いを語ることが出来れば、あなたに相応しいものになれる。私はそんな思い付きを身勝手にも結構長く信じていたようです。
 
 
 
伝えることはとても大事なことだけど、全てを完璧に、そしてその意味を汲み取って欲しいと願うことは、只の我侭です。
そんなことにも気付かず私は、あなたの言葉に酷く泣きたい気持ちにさせられるように、今度は私の気持ちを思い知って欲しかった。驚き喜んで欲しかった。
この期に及んでまだ私は、愚かにもあなたと張り合おうとしていたのです。恋情なんて量って安心するものでもないでしょうに。
 
 
 
だから口から零れるように飛び出してしまった言葉の方が正確だったことは、私自身をも吃驚させました。
誰よりも政宗どのを慕っていると一旦声に出してしまえば、それは綺麗でも何でもない、只々正しいだけの言葉で、その正しさに空恐ろしくなったのです。だから慌ててあなたを見たら、政宗どのの方が余程驚いた顔をなさっていて、あんな顔を見たのははじめてだった。
あなたが私に向かって伸ばすその指先にどれだけ不安を含んでいるか、本当は前から知っていました。あなたの高い矜持がそれを押し隠していることも。だからこそずっと知らない振りをしていたのです。
 
なのに、私はそんな振りをすることすら出来ないくらい混乱していて、そんな私から見てもあなたは可哀想なくらい緊張なさっていて、触れた指先の冷たさに再度吃驚したら混乱したのが直ってしまいました。
全く同じタイミングであなたが大きく息なんて吐き出すものだから、それが可笑しくて、折角手を握って貰ったというのに笑いが止まらなくって叱られましたっけ。
 
 
 
何処かの誰かが言っていました。「こんなに愛おしいのにそれを伝える言葉はなくて、もどかしい」と。
 
好きなところを数えることも、伝えることも、伝えられなくて悩むことも、所詮愛情を形作る要素に過ぎません。だったら、全部を数えられなくても伝えられなくても良いじゃないですか。
隣で政宗どのが睨んでいるのが分かったので笑いを止めようと頑張ったのですが、そう思うと益々込み上げてくるのです。
笑いすぎて酸欠になりかけた頭で思いました。心から好きだと伝えたいと願うことは、すごく愉快なことなのですよ。こんなに笑っていたらまともな言葉など喋れる筈もない。だから愛情を語る言葉は、あんなに短くて簡単なのです。
号泣しながらでも爆笑しながらでも言える、小さな子供だって覚えられる。ねえ、どんなに拙くてもそれが一番綺麗な言葉でしょう?
 
 
 
 
 
あなたの部屋は静かなので、広い庭を挟んでいても表の通りをぱたぱたと行き来する人の足音がよく響きます。
小腹が空いたと財布を掴んだあなたが「暫く待っておれ」と言い残して家を出て行ったのは、少し前のこと。主のいない恋人の部屋で一人待たされるのは、寂しくって気恥ずかしい。特別な日でも今生の別れでもないのに、愛おしさが募って、胸は痛いし口元は緩みっぱなしだしで、それはそれは大変なのです。
勿論そんな気持ち、伝えきれないなんて百も承知なのですけど、それでも愚かで鈍い私はあなたに分かって欲しくて仕様がないので、これからあなたを迎えに行こうと思うのです。多分悩みに悩んで結局いつものようにコンビニの肉まんを二つ抱えて駆け寄ってくるあなたに手を引いて貰って、遠回りしながら帰る。
あなたに逢えたなら、そんなのも偶には悪くないと思うのです。

 

 

 

ん?そういえば手紙だった、って今思い出したわけじゃないよ?ほほほほんとだよ?!
(08/11/11)