前略、あなたに10の手紙を送ります。


あなたに初めて手紙を書こうと思います
同封した物は見て頂けたでしょうか
花が散っていこうとしています
あなたみたいだと思ったのです
夢を見ました
此処にはあなたはいないけれど
逢いたいと思うのは我が儘だとわかっています
きっと覚えていないかもしれません
例えばあなたに逢えたなら
これで最後の手紙となります

お題はこちらから。ありがとうございました。




「儂はお主が好きじゃ」
何でもないことのようにそう言ってのける政宗はすごいと幸村は思う。
「儂はお主の髪の毛を撫でるのが好きじゃ。儂だけを映すその眸も好きじゃ」
幸村の頬を両手で挟んで、政宗は何度も好きだと繰り返す。額も耳も、首筋も。しゃがみ込んだまま、大人しく口づけを受けながら、幸村はじっと政宗を見上げた。
指も脇腹の傷跡も、腕の日焼けすら。固く目を瞑り幸村の肩口に顔を埋めそう繰り返す政宗。なのに幸村は眸を閉じることが出来ない。
その瞑った左目が映し出している私の姿は、一体どれだけ美しいのでしょうか。
「こうしてお主が座っておれば、額に接吻することが出来る。その間もお主は儂の声に耳を傾けてくれる。僅かに漂うそなたの香りは儂を安心させてくれる」
もしも私が眸も口も、指も、顔も、手足すら失ってしまっても、それでも、好きと仰ってくださいますか?政宗の眸に映る自分自身に嫉妬して、そんな馬鹿馬鹿しい問いかけを発しようとした自分を巧みに黙らせた政宗に、幸村は感謝した。
ぐるぐるとシーツにくるまったままの幸村の指を片手で握り締めると、政宗はもう一方の手で軽く脇腹をくすぐる。大方、幼い頃酷く転んだり、何処かに引っ掛けたりして出来た、本人ですらその原因を正確に覚えていない大小様々な傷跡。政宗はシーツの上から、更には目を閉じていても、幸村のそれを正確になぞることが出来るのだ。
この人の眸に映る私と、ここにこうして存在している私は何処もずれていない、そう何処も。他愛ない傷跡さえも。
安心したようにゆっくり眸を閉じる幸村に、政宗がやっぱり何度も囁く。好きだ、大好きだ。
――手紙を読み上げられている気分です。
私も大好きなのですよ。あなたの何もかもを。吐く息も纏う空気も、そこにある気配だって。
「ゆきむら」
「ええ、分かっております」
あなたの言葉は綺麗過ぎるので、私には上手く返せません。便箋の一行目に「拝啓」と認めた後はもう、私には何を書けば良いのか分からないのです。
政宗が幸村の全てを一つ一つ取り出して丁寧にゆっくり慈しむ姿は、紙を選んで大事に墨を磨り、そこにそっと筆を浸す所作に似ている。
私にも、書けますか?あなたが私に仰ってくれるその十分の一で良いのです、私は美しい言葉であなたへの思いを語りたいだけですのに。


「儂は幸村が好きじゃ」
政宗の囁きが幸村の周りの空気を震わすのだけど、私もです、自分にはそう口を挟むことすら憚られている気がして、結局小さく微笑むだけにした。
私もあなたに手紙を書こうと思うのです、初めての長い長い手紙を。指先を握り締めたら、一瞬政宗が驚いた顔をしたように見えた。書き上がったら笑わずに一緒に読んでくださいますか?
「政宗どの」
あなたが、好きです。例えばさらさらと掌にあたる柔らかい髪の毛が。ねえ、その笑い方は私しか知らないものでしょう?無遠慮に伸ばされた腕が私に触れる。本当はその指先にどれだけ緊張を押し隠しているのか痛い程分かって、それが好きなのです。
それを伝えようとすると、幸村の声は途端に詰まってしまう。政宗の声とか指とか、それは欠けてはいけないものだけど、幸村が愛おしく思う政宗そのものではないのだ。
「ゆきむら」
だから幸村には頷くことしか出来ない。回された腕から伝わる政宗の全ては、どう頑張っても抱き締められないので、代わりに幸村は掌で顔を覆う。
――ああ、私には、自分の思いを伝える術すらない。




手紙、か?何だか悩んでいるみたいですが、いつも通りですよ!
とりあえず続きます。
(08/08/22)